
秋田県に本社をおくドローンメーカー東光鉄工は、青森県立名久井農業高等学校(以下名久井農業高校)と共同で2017年から2020年の4年間にわたり、ドローンによるリンゴの人工受粉についての実証実験を実施してきました。ドローンを使った受粉がビジネスにつながる見込みがあるとして東光鉄工UAV研究所の鳥潟 與明所長に話を伺いました。
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リンゴの受粉は蜂や人力で行うのが主流だが、天候や人手不足が課題
鳥潟所長によれば、リンゴの生産は1年にわたって作業が続くといいます。
「冬には雪害対策、樹木の剪定、春先には土壌改良、5月からは薬掛け、草刈りが10月ごろまで続く。その合間をぬって受粉、摘花・摘果作業が入る。実がなれば袋掛けに支柱入れ、涼しくなってきたらリンゴの着色管理のために防袋に葉摘み、リンゴ1個1個を180度回転させて全体に着色を促すための玉回し、と1年中休む暇なく複数の作業が続き、やっと収穫できる。収穫が終わったと思えば園地の片付けを行い、すぐに雪害対策……と目まぐるしい。受粉作業は一部の工程に過ぎないが、収穫量に影響する重要な工程だ。その作業負担を軽減するために、名久井農業高校の実験に協力することになった」と話しました。
リンゴ品種の多くは自家不和合性(※1)であるため、ほかの品種の花粉で受粉を行います。そのため、ミツバチやマメコバチといった虫媒受粉や人手による人工受粉によって結実を確保しなければなりません。しかし、虫媒受粉は虫の活動が気温などの天候に左右されてしまうといった問題があります。また、人手による人工受粉作業は、中心花の1つ1つに花粉を付けなければいけません。リンゴの木は背丈が高く高所作業の危険があるうえ、花の数が多く、作業は重労働です。
※1 自家不和合性:自分の花粉で受粉(自家受粉)すると種子ができないが、別の個体の花粉で受粉(他家受粉)すると種子ができるという性質で、近親交配を防ぐために植物が持っている機構。

トライ&エラーで課題を解決、機体の改良や溶液、花粉量などを最適化
東光鉄工と名久井農業高校が行った研究実験は、農薬を散布するように花粉を液体に溶かして受粉させる試みです。2017年5月に行われた初めての実証実験では、花粉に砂糖を加え(砂糖を使うのは花粉をめしべに付着させるためにはある程度の粘性が必要なため)、蒸留水、寒天で溶いた溶液(花粉濃度0.3%)を用意し、東光鉄工の農薬散布機TSV-AQ2を用いて、高さ約5mからリンゴの木に向けて散布しました。
1.3a(アール)の作業時間は、ドローンが8分に対し、手作業でのハンドスプレーでは3人で65分かかりました。結実率はドローンが40%、ハンドスプレーが61.6%でした。1年目の課題としては、花粉が粘土状になってしまいノズルの目詰まりが発生したことや、上から散布するので、樹木全体にまんべんなく散布することができず、樹木の中・下部の結実が悪かったことです。「ドローン散布によるリンゴの受粉実験は全国初で何もかもが手探りの状態でした。時間短縮につながることが確かとなったが、課題も多かった」と鳥潟所長は話します。
花粉濃度をアップ!結果は出るもコスト増に 機体変更、ノズルや吐出圧を調整

そして2年目となる2018年の実証実験では、6ローター機のTSV-AH2を使用。目詰まりを起こさないようドローンのノズルの吐出口の口径を改良しました。効率的な受粉を目指し、吐出角度を機体と水平になるようにノズルの向きを調整し、吐出圧を変更、また果樹は直径約2~3mであり、AH2の散布幅4mでは広すぎるため、散布ノズルを通常の真横(3、6番)から前後(2、5番)に取り付けることで果樹の直径に散布幅を合わせました。また、溶液は前回と同様のものに着色料を加え、花粉濃度0.3%と1%の2パターンで実施。結実率は、0.3%では39.9%、1%では50.3%、自然受粉は11.3%になりました。
散布はドローンを4ローターから6ローターにしたことでダウンウォッシュが強くなり、樹木の下部まで溶液が届くように改善されました。花粉濃度1%では結実率50%を超えることができたが、花粉は10gで約5000~8000円前後と高価なため、3回目の実証ではコスト削減が求められました。
生育促進効果のあるホウ素に注目!
2019年は、花粉濃度を0.3%に戻して花粉に砂糖を加え、蒸留水、寒天で溶いた溶液と受粉を促進するホウ素を1ℓあたり130ppm加えた2つの溶液を準備。ホウ素は、果実生育促進効果があり、液体培地での花粉の発芽実験でも効果が認められ採用。結実率はホウ素なしの花粉濃度0.3%では37.8%、ホウ素ありでは61.2%と確かな効果が数値に表れました。

2020年には、前回で効果があったホウ素を130ppmから65ppmに変更。これは、結実増加で作業が追いつかなくなり、品質が低下してしまうことを防ぐために結実率を50%前後に調整するためです。さらに、重なり合う枝を減らすことで下部の結実を増やすというドローン目線でのリンゴ樹木の剪定を行いました。また名久井農業高校とは別の圃場でも実証実験を実施、結実率は名久井農業高校圃場で58.2%、ほかの圃場で46.7%、NPO法人圃場で46.1%でした。
この結果について鳥潟氏は「4年間の実証実験で、ドローンを使ったリンゴの受粉手法を開発できた。省力・効率化は66本の樹木に対して、ドローンの場合は15分/2人、人手の作業では180分/3人とあきらか。溶液はホウ素を加えることで目標値となる約50%の結実率がクリアできた」と言います。
受粉ビジネスの実用化・商品化は2023年春以降にスタートか

東光鉄工では同研究をもとに受粉ビジネスにつなげる実証実験を続けています。2021年には食品メーカーからの提案で、多糖類のエコーガム(キサンタンガム)を砂糖の代わりにした溶液で溶液授粉用落下分散試験を行っています。エコーガムは、食品のドレッシングやソースのとろみ付けに使われる増粘剤の1つです。粘度が高いのが特徴ですが、力を加えると粘度が低くなる擬塑性流動という性質を持ち、ドローンから吐出される際にはサラサラで、花についた瞬間に粘度が高くなるため、散布に適しています。

今年の4月には再び共同研究を実施し、砂糖溶液による結実率とエコーガム溶液による結実率の比較を行っています。また、花粉濃度は以前の0.3%から0.15%に減らした調査となり、もし花粉濃度を減らしながらもエコーガム溶液の結果が良ければ、さらなるコストダウンにつなげられます。
これに加え、受粉以外にもドローンの活用が見込まれる摘花への可能性も探っています。樹木の結実用の花に対し、結実に不要な花は数十倍も多く咲くため、不要な花を早く落として樹体の負担を削減できます。この摘花の作業は、摘み取りや薬剤による方法が一般的ですが、2019年には薬剤をドローンで散布する共同研究を秋田県と実施しており、引き続きドローン適用の可能性を探っています。
気になるドローン受粉のビジネス化だが、鳥潟所長は「受粉作業だけを目的としたドローン導入は非現実的だ。また、樹木の上部1mを飛行するには、繊細な操縦技術とナビゲートが必要であり、農家が自ら扱うのは厳しいだろう」と話します。
東光鉄工は、2023年春以降にドローンの散布飛行方法のマニュアル化、ドローン受粉に適した剪定方法、花粉収集法、受粉溶液の作成方法や提供方法といった技術指導のビジネスモデル化を進める方針です。